長野家庭裁判所 昭和41年(家)277号 審判 1966年4月20日
申立人 (1) 山岸A治
(2) 山岸B子
主文
申立人らの本件申立を却下する。
理由
第一、申立の要旨
申立人らは「申立人らの氏を坂田と改めることを許可する。」との審判を求めた。その申立の理由の要旨は以下のとおりである。
申立人山岸B子の母方の家系は別紙記載のとおりであって、祖父坂田○治は昭和二〇年一二月一九日、祖母×××は昭和一六年三月二三日、その長男C男は昭和一二年五月一七日、長女久保田○○○、(申立人B子の実母)は昭和一九年七月二七日それぞれ死亡した。坂田×××死亡の際、申立人B子の実弟S男がその家督相続人に指定されたが、同人は当時一六才の未成年者であったので、申立人らはその親戚の者達の依頼により、婚姻した昭和二九年初頃よりS男の相続した家屋(現住所)に居住し、○治より引継いだ財産一切を管理し、B子の母方の祖先の祭祀を主宰して、今日に及んだ。ところが、S男は坂田の氏を称することをきらい、昭和二九年一一月六日形式的ながら実兄久保田○雄およびその妻○子の養子となって久保田の氏を称するに至り、昭和三八年頃からは○○市の勤務先に移り住んで、現在および将来とも現住所に帰り自己の相続した○治の財産を管理し、その祖先の祭祀を司る意思はない。そのため、申立人らは親族らのすすめにより、S男より上記財産一切の譲渡を受け、その各所有権の移転登記手続も受けることになっている。そこで、坂田家の、家名を維持しその財産を維持していくために、申立人らの氏を山岸より坂田に変更したい。
第二、裁判所の判断
当裁判所が調査したところによると、申立人が申立理由とする上記事実は、いずれもこれを認めることができる。けれども、氏の変更は戸籍法一〇七条一項により、「やむを得ない事由」のある場合に限って許されるものである。それは、氏が社会生活上個人の同一性の象表としての意義を有することから、それが、例えば難解、珍奇、他人のそれと混同しやすいなどの理由により、社会生活上その使用に不都合が生じる場合、あるいは営業その他の社会生活上の重要な部面で永年使用され、その人の同一性のために必要であるというような場合にのみその変更を許す趣旨にほかならない。ところで、申立人らは、祖先の財産を引継ぎ、祖先の祭祀を承継するというが、そのために自らの氏を祖先の氏に変更しなければ著しく社会生活上不都合を生じるとは考えられない。かえって、当裁判所の調査したところによれば、申立人らの居住部落三一戸の半数以上はいずれも坂田の氏を称しているのであるから、呼称としてはむしろ混同を招くおそれさえあるのである。なるほど、申立人らおよびその居住部落民の中においては、未だ家に対する習俗、感情が残存し、従って祖先の家名の存続を強く望んでいることは調査の結果からも了知しうるけれども、かかる習俗のために氏を変更するということは、各個人の自由および尊厳を維持するために、戦後家の制度を廃止した法の趣旨に反するのであって、かかる事由をもって、前記法条にいう「止むことを得ない事由」に当るものとすることはできない。
そこで、本件申立はその理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 千種秀夫)